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Les Figue de Barbarie

Les Figue de Barbarie

アルジェリアを旅行したときにさんざ食べましたが、「フィグ・ドゥ・バルバル」と呼んでました。フランスでは「バルバリ」ですね。そしてこれは多摩市。白い壁に映えることったら。まだ実は熟れてませんが。けっこう種が多くてねぇ。食べ過ぎるとお腹が痛くなると脅されて、あとで単語を調べたら「腸閉塞」だとか言われてました。

 

Asparagus

Asparagus

ホワイトアスパラ (ゆで時間10~15分) 状態から日光を当ててグリーンアスパラ(ゆで時間1~2分)に仕立てた場合、硬さはどうなるか試した人はいらっしゃいませんかね。

 

自作のIQLIGHT

自作のIQLIGHT

だいぶ昔にLAに買い付けに行ってたころ、アンティークファニチャーのお店で目が飛び出るようなお値段で売られていたのがコレでした。手に取ってマジマジと見ていたら、お店の人がショップカードをくれたのですが、その裏に描かれていたのがこのIQLIGHTモジュールの型紙(テンプレート)でした。 帰国してさっそく作ってみたのがこの写真のランプシェード。実際の2/3サイズで型紙を起こして1.5㎜厚の腰の強いポリウレタンで作ってみました。裁断も含めて1日もかからなかった気がします。同じモジュールを使って30枚組、60枚組、120枚組とサイズを替えらえる仕様です。 もっとも、その型紙自体がその昔のデザイン誌に載っていたものなので、手先が器用なら誰でも作れました。そのデザイン誌で24面体とか18面体とか22通りの組み合わせができることを知りました。白熱電球だとシェードが溶けるので、LED電球を使いましたが、そのころのLEDの電球は熱がこもると良く切れるものが多かった覚えがあります。 1972年にデンマークのデザイナー・Holger Strømが発表したこのIQLIGHT、1999年に再発されるまでは激レアでしたが、今ではパテントが切れて中国製が出回っています。 ヴィンセント・ギャロがBuffalo ’66(’98)のプロモーションで来日したときに使って撮ったので、その頃は自慢の一品でしたが、「友達の家にもあった」とあまり珍しくもない感じでした。撮影中隅っこにいたグルーピーっぽい女の子が食いついて、やたらと欲しがっていたのをよく覚えています。

 

柿 芋 栗 かぼちゃ

柿 芋 栗 かぼちゃ

Beef Fantasy_秋 、良いですよね。 お隣の栗の農園の若い木から、うちの庭に大量に落ちるのを毎年頂戴しています。小さくて売り物にならないから好きに採ってくれとは仰ってくれるのですが、結構な食べ応えがあります。こうして40分ほど蒸して、包丁で真ん中を切ってスプーンで食べるのが毎年の楽しみ。冷蔵庫でしばらく寝かせてから蒸すと甘くて極上の甘味です。 beef fantasy · 秋 Scent of autumn

 

Kintsugi

Kintsugi

引っ越し時に割ってしまった食器がありました。 撮影で行ったフィンランドで購入し、あまりの重さに泣きそうになりながら手荷物で担いできたビンテージの平皿5枚のうち3枚。引っ越しの時に、重ねて包んでいたのをまとめて割られてしまいました。 直そう直そうと思ってはや1年、6月に始めて3カ月、ようやく金継ぎを終えました。 保険の申請をすると、食器を保険会社に持っていかれてしまうのでどうにもなりません。

 

二階から

二階から

くだらないことばかりしている気がする

 

50mmの花びら

50mmの花びら

近所が桜の名所で、皆さん300㎜とか400㎜の長玉を担いで撮りまくってますが、こちとら使いたいのはマキタのブロワーです。バズーカっぽい18Vバッテリーを2個とか使う太いやつ。 桜の季節も終わり、自宅前の桜の木から吹き溜まり、積もり積もって厚さ50㎜。水栓をひねれば花びらが噴出してそうな感じ。エンジンブロワーを持っていたのでこの手の掃除はお手の物でしたが、昨年、見事に焼きつかせて不動になりました。バッテリー式の掃除機は意外と重宝しているので、ブロワーもマキタで揃えたいところです。もちろん撮影にも使うつもりで。

 

Magazine #001を公開しました

Magazine #001を公開しました

001 “Fourteen” model: 蒲田優惟人 03/29公開https://sakamotobros.com/magazine

 

ちょっといい話

ちょっといい話

@福生バナナハウス Ahh! Folly Jetのニューシングルとアナログ再発で、Record People Magazineのライター松永さんとの対談を撮影したり、ライブを撮影したりと久々に高井と一緒の時間を過ごしましたが、「ギターを弾くふり」の手ぶり身ぶりが学生時代とまったく変わってなくて「あー」とか思いつつ撮ってました。 上記リンクの「Ahh! Folly Jetを作ったレコードたち」に少しだけ登場させてもらったので少し書き留めておこうと思います。大学で出会ったものの、会うのはほとんど押上で、高井が大学を辞めてマニュエラ初代店長になってからは高円寺で、という感じで大学ではほぼ接点がありませんでした。それでもまあ学生らしく自家用車で引越しをしたり、それを手伝ったりするわけですが、当時乗っていたのが70カローラバンで、荷物を満載した車中で高井は助手席でウクレレ弾いたりして「やりたくない」感を全身でアピールしてたのは今思い出してもイラつきます。 当時は京浜通信やMANUERAといったフリーペーパーの編集をしたり、マニュエラで店番したり値付けしたり、LAに買い付けに行ったりbounceで原稿を書いたりと、どちらかと言うと音楽系ライター/編集者寄りの将来を描いてました。 ところが資料や文献を当たったり裏を取ったりする手間に加えてあまりにも遅筆なのに絶望し、これじゃ食っていけないと手離れの良い仕事は何かと考え、写真に転向した結果、ポツポツと音楽系の仕事を貰えるようになり現在に至ります。中3ぐらいから女の子のエッチなポートレートばかり撮っていたので、今考えると順当だったのかもしれません。マニュエラを辞めて何も考えずにステータスを写真に全振りした結果、カメラマンの専属アシスタントを経てすぐ独立、富ヶ谷に事務所を構えてカラープリントの沼に嵌まり、暇さえあればひたすら暗室に篭る日々を送り、高井はもちろん京浜やマニュエラといった音楽畑から疎遠になるわけです。こうして久々に「何か一緒にやる」のもほんと20年ぶり、実は「Abandoned Songs…」も発売から1年ぐらい経ってから聞いたぐらいのもので、当時のレコ発ライプには行った覚えがありません。

 

豆まきをしなかった

豆まきをしなかった

築80年余り、戦前の古民家から新居に移って、何が良かったかって、まず寒くないこと。冬の朝に起きると吐く息が白い、外から帰ってきて数時間は外出着のまま、ということがなくなりました。もちろん灯油代が毎月2.3万かからない、お湯が沸くのが早い、といった金銭的な面もありますが、ある意味、21世紀になっても戦前ライフを送っていたようなもの。丁寧な暮らしとは別のベクトルで映えていたわけですが。 先週、その旧居が取り壊されたと聞きました。 毎年3月に収穫していた夏ミカンの木も、意外と収穫のあった胡桃の木も、高校生の時に植えた玄関脇の藤も、藤棚ごとなくなりました。こうして文字にしても、意外と感慨が湧かずあっさりとしたものです。夏ミカンぐらいは収穫しておけばよかったかな。 2021年2月2日