柿 芋 栗 かぼちゃ

柿 芋 栗 かぼちゃ

Beef Fantasy_秋 、良いですよね。 お隣の栗の農園の若い木から、うちの庭に大量に落ちるのを毎年頂戴しています。小さくて売り物にならないから好きに採ってくれとは仰ってくれるのですが、結構な食べ応えがあります。こうして40分ほど蒸して、包丁で真ん中を切ってスプーンで食べるのが毎年の楽しみ。冷蔵庫でしばらく寝かせてから蒸すと甘くて極上の甘味です。 beef fantasy · 秋 Scent of autumn

 

Kintsugi

Kintsugi

引っ越し時に割ってしまった食器がありました。 撮影で行ったフィンランドで購入し、あまりの重さに泣きそうになりながら手荷物で担いできたビンテージの平皿5枚のうち3枚。引っ越しの時に、重ねて包んでいたのをまとめて割られてしまいました。 直そう直そうと思ってはや1年、6月に始めて3カ月、ようやく金継ぎを終えました。 保険の申請をすると、食器を保険会社に持っていかれてしまうのでどうにもなりません。

 

二階から

二階から

くだらないことばかりしている気がする

 

50mmの花びら

50mmの花びら

近所が桜の名所で、皆さん300㎜とか400㎜の長玉を担いで撮りまくってますが、こちとら使いたいのはマキタのブロワーです。バズーカっぽい18Vバッテリーを2個とか使う太いやつ。 桜の季節も終わり、自宅前の桜の木から吹き溜まり、積もり積もって厚さ50㎜。水栓をひねれば花びらが噴出してそうな感じ。エンジンブロワーを持っていたのでこの手の掃除はお手の物でしたが、昨年、見事に焼きつかせて不動になりました。バッテリー式の掃除機は意外と重宝しているので、ブロワーもマキタで揃えたいところです。もちろん撮影にも使うつもりで。

 

Magazine #001を公開しました

Magazine #001を公開しました

001 “Fourteen” model: 蒲田優惟人 03/29公開https://sakamotobros.com/magazine

 

ちょっといい話

ちょっといい話

@福生バナナハウス Ahh! Folly Jetのニューシングルとアナログ再発で、Record People Magazineのライター松永さんとの対談を撮影したり、ライブを撮影したりと久々に高井と一緒の時間を過ごしましたが、「ギターを弾くふり」の手ぶり身ぶりが学生時代とまったく変わってなくて「あー」とか思いつつ撮ってました。 上記リンクの「Ahh! Folly Jetを作ったレコードたち」に少しだけ登場させてもらったので少し書き留めておこうと思います。大学で出会ったものの、会うのはほとんど押上で、高井が大学を辞めてマニュエラ初代店長になってからは高円寺で、という感じで大学ではほぼ接点がありませんでした。それでもまあ学生らしく自家用車で引越しをしたり、それを手伝ったりするわけですが、当時乗っていたのが70カローラバンで、荷物を満載した車中で高井は助手席でウクレレ弾いたりして「やりたくない」感を全身でアピールしてたのは今思い出してもイラつきます。 当時は京浜通信やMANUERAといったフリーペーパーの編集をしたり、マニュエラで店番したり値付けしたり、LAに買い付けに行ったりbounceで原稿を書いたりと、どちらかと言うと音楽系ライター/編集者寄りの将来を描いてました。 ところが資料や文献を当たったり裏を取ったりする手間に加えてあまりにも遅筆なのに絶望し、これじゃ食っていけないと手離れの良い仕事は何かと考え、写真に転向した結果、ポツポツと音楽系の仕事を貰えるようになり現在に至ります。中3ぐらいから女の子のエッチなポートレートばかり撮っていたので、今考えると順当だったのかもしれません。マニュエラを辞めて何も考えずにステータスを写真に全振りした結果、カメラマンの専属アシスタントを経てすぐ独立、富ヶ谷に事務所を構えてカラープリントの沼に嵌まり、暇さえあればひたすら暗室に篭る日々を送り、高井はもちろん京浜やマニュエラといった音楽畑から疎遠になるわけです。こうして久々に「何か一緒にやる」のもほんと20年ぶり、実は「Abandoned Songs…」も発売から1年ぐらい経ってから聞いたぐらいのもので、当時のレコ発ライプには行った覚えがありません。

 

豆まきをしなかった

豆まきをしなかった

築80年余り、戦前の古民家から新居に移って、何が良かったかって、まず寒くないこと。冬の朝に起きると吐く息が白い、外から帰ってきて数時間は外出着のまま、ということがなくなりました。もちろん灯油代が毎月2.3万かからない、お湯が沸くのが早い、といった金銭的な面もありますが、ある意味、21世紀になっても戦前ライフを送っていたようなもの。丁寧な暮らしとは別のベクトルで映えていたわけですが。 先週、その旧居が取り壊されたと聞きました。 毎年3月に収穫していた夏ミカンの木も、意外と収穫のあった胡桃の木も、高校生の時に植えた玄関脇の藤も、藤棚ごとなくなりました。こうして文字にしても、意外と感慨が湧かずあっさりとしたものです。夏ミカンぐらいは収穫しておけばよかったかな。 2021年2月2日

 

a dinning table

a dinning table

初夏に作ったアンズのジャムがもう無い 自宅のダイニングテーブルが新しくなりました。181x97x77.5と、脚の長さからしておそらく日本製のビンテージ。うちの車によく載ったなぁ、というビックリな大物。引き出しが4つ付いた、3-40㎏はある木製作業台。一昨日まで原宿の美容院で使われていたもので、堅固な安定感のあるかなりゴツいもの。そしてなんと貰い物。年季の入った汚れが目立っていたので、表面に軽くスケーリングして手垢を落とし、古い雰囲気を残しつつ、チークオイルを何度も塗っては拭き、塗っては拭きを繰り返すとようやくこんな飴色になりました。チークオイルは乾燥が割と早いほうですが、完全に乾く前にいきなりよく冷えた瓶を置いたせいでムラが残る羽目に。この後しっかりオイルを拭き取って塗り直しました。

 

about Amanuma Studio pt.3

about Amanuma Studio pt.3

ずいぶん前にこの古民家で撮った動画です。「ポン酢の作り方」というHow Toは、この動画を上げたころは3本ぐらいしかありませんでしたが、世界中で日本料理が普及してすっかり埋もれてしまいました。 ポン酢といえば夏みかん、夏ミカンの収穫はひな祭りのころ。程よい甘さと強烈な酸味がポン酢に最適です。夏みかんを収穫せずに木生りのまま初夏を迎えると、黄色い実の横で白い花が咲きます。収穫量が落ちるのでおススメしませんが、放っておくと去年の実と今年の実がそのまま生るので「ダイダイ」と言うとか。毎年「新春ひな祭りポン酢大会」と称し、男子禁制の収穫祭をしていました。それにしても豪勢な面子だなぁ、この動画。

 

坂本兄弟者

坂本兄弟者

兄の甥っ子たちが自費出版で世界6大陸の自転車紀行本を作りました。いま兄は9歳、弟が7歳、旅の始まりは5歳と2歳。「はじめてのおつかい」ですら大冒険のはずですが、奮闘する彼らを見守るのは、かごを持った農夫の格好のおばさんではなく、その両親。親目線の解説付きの子供たちの紀行本です。坂本兄弟の兄は普通の会社員でありながらも自転車で世界一周したり、ギニアで井戸を掘ったりといわゆる「冒険家」です。家庭を持って落ち着くかと思いきや、家族を巻き込んで次々と世界を股にかける自転車旅行に繰り出しています。 かつては「サラリーマン冒険家」なる、有給休暇の定義を揺るがす二つ名を持っていましたが、最近は「テレワーク冒険家」って感じでしょうか。そう、異名持ち、それは強者の証。 その頃のweb用資料。DHLのスポンサードで、自転車の消耗品や機材、フィルムなどを留め置きにしてもらったりしていました 旅先から大量に送られてくる未現像のフィルムロールには、ほとんどの人が一生見ることのできないような光景や風景がたくさん納められていました。 その当時は、まだデジカメも実用レベルには達していなかったし、デジタル環境もあまり洗練されていなかったので、生存確認すらままならぬ感じでしたが、旅先から言われるままに「坂本達のホームページ」なるものをhtml手打ちで作っていました。今は出版した冒険記「やった。」の中国語版まで出るありさまで、すっかり文化人っぽいです。 世界を股にかける坂本兄者とその家族の奮闘記、HPは上画像をクリック、Facebookはこちら こちとら股にかけるのは火鉢ぐらいなもので、写真家として「ライティングの業師」とか「ポージングの魔術師」とか言われてみたいものですが、そう思っているのは自分だけのようです。